美食だけが料理の醍醐味ではない、池田満寿夫「男の手料理」
版画家・作家の池田 満寿夫さんが、1980年代にサンケイ新聞土曜版に1年間連載したのをまとめたのが「男の手料理」。
この文庫本の発行は1989年。今から約25年前の新聞連載は古びることもなく、当時の簡素な料理もむしろ贅沢さを感じさせるほど。
25年の歳月が流れても、人の嗜好は大して変わってないな、とこの本を読むとつくづく思う。
男の手料理と聞くと、なにやら贅沢な食材の使い方だったり、豪快BBQあたりが思いつくところだが、彼のモットーは「手抜きの料理」。冷蔵庫にあるもので作る、といったところ。
最近の男性は料理をする人も多いし、お弁当男子なる言葉もあるくらいで、まめな人も多い。
ただ、この本が発行されたのは1989年。我が父はお茶を自分で入れる事もなかったけれど、私の家ではそれが当たり前という時代だった。
池田さんはアメリカで暮らしたり、ヨーロッパに頻繁に訪れたり当時としても先進的な人だし、いわゆるグルメだと思う。
”最近、外国産のチーズはスーパーあたりでも売ってるが、20年前は青山の紀伊国屋とかにいかなければ手に入らなかった”
今から45年前にスーパーでチーズを買い、パリで知った”クロック・ムッシュ”を女友達にふるまう男性はかなりおしゃれな人だったろう。
ここだけ紹介すると随分スノッブな印象も持つかもしれないが、全体の印象は真逆。納豆サンドイッチからエスカルゴまで幅広くカバーして、料理への好奇心とユーモア、そしてアイデアに溢れている様子はとても親しみを感じさせる。
なんせ連載第1回は、「コロンブスの卵丼」からはじまる。
なんてことはない、目玉焼きをご飯の上にのせてソースをかけただけ。オムレツはできなくても目玉焼きなら男でもできる、ということで最高に簡単な丼ものが連載の第一回なのだ。
こんな拍子抜けの丼が最初に紹介されたら、これからの展開にわくわくして気持ちも胃袋もしっかりつかまれてしまう。もちろんそれは私だけでなく、当時の読者も同様で、12回だけの約束で引き受けたはずの連載が、大好評により62回続いたそう。
ところで、この「目玉焼きをのせてソースをかけた丼」どこかで見たこと・・?
そう、(今話題の・・)美味しんぼ。
美味しんぼに、この丼が「ばかうまー!」「信じられなーい」「よくぞ日本人に生まれけりー」みたいな絶賛の嵐と共に登場したように記憶している。当時中学生だった私も一人で真似したが、「そんな驚くような味でもない」という結果から漫画と現実のギャップを知ったのでした。
ギリシャ料理にイタリアン、もちろん和食もあらゆる料理を紹介しているが、レシピなどはあまり紹介されていない。レシピを書くまでもないほど簡単な料理も多い。切って煮るだけ、とか。読んでお腹がすいてきたら、こちらの想像力も駆使して、再現を試みる。
文字から料理を想像しやすいのは、池田さんの文章の巧みさ故。この描写にはまると、こちらまでその食卓に同席しているような気になってしまう、という副産物も。
1つの料理(回)につき、3~4ページと短いので、ぱっと開いたとこから読めるのも良し。
仕事帰りの電車の中、仕事モードの頭からご飯モードへゆるりと切り替えてくれる、通勤の友でした。
Chinaru Higuchi
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